陰が日向に変わる時
古城家で働き始めて初めて帰省した日、美春は両親に『やっぱり辞めたい』そう話す覚悟でいた。
帰省し、玄関の前に立った時、裏庭の方から母親と弟たちの会話が聞こえてきた。

「今日は美春が帰ってくるから、美春の好きなハンバーグを作ってあげようね」

「お姉ちゃん帰ってくるんだね!」

「わぁ〜い! 楽しみだなぁ」

「美春が頑張ってくれているから、お父さんも、お母さんも、あなたたちも、この家で暮らすことができているのよ。感謝しなきゃね」

「「うん!」」

美春は嬉しかった。自分が家族の生活を守っているから。けれど、同時に弱音を吐くことは許されない。そう思った。
自分が辞めれば、家族を路頭に迷わせてしまう。
かと言って、一緒に食卓を囲む気にはなれなかった。
自分ばかりがどうしてこんな思いをしなければならないのか、下手をしたら、抱いている不満が口をついて出そうだったからだ。

美春はそっと踵を返した。
携帯を持っていない美春は公衆電話を探し、自宅に電話をかけた。

「もしもしお母さん、ごめんね、今日は帰れないや」

「え⁉︎ そうなの? 今日は美春の好きなハンバーグにしようと思っていたのよ」

「ごめんね」

「わかったわ。じゃあ、ハンバーグは次回ね」

「うん」

美春は受話器を置くと、ふらふらと歩き始めた。

どこに行けばいいんだろう……

あてもなく歩いていると、図書館が視界に入った。
吸い込まれるように足が動く。

……見つけた、私の居場所。

優しい本の匂いを感じながら、静かな館内をゆっくりと見て回る。好きなファッション雑誌も閲覧できるようになっていた。

ここなら誰にも邪魔されず過ごせる。

まるで秘密基地を見つけた気分だった。
毎週土曜日、美春は開館から閉館まで、この図書館で過ごすようになった。
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