陰が日向に変わる時
「ねぇ、外のベンチに移動しない? 他の人の読書の邪魔しちゃ悪いしね」

秀和はくるりと館内を見回すと、窓の外を指差した。

美春が秀和の視線を辿ると、大きな枝垂れ桜の下に置かれたベンチが視界に入った。

「行こうか」

「はい」

席を立つと、秀和の後ろについて室内を出た。
美春の身長は170cmと女性では高身長だ。前を歩く秀和の肩がちょうど目の高さにある。ということはかなり背が高い。

頭は良いし、背は高いし、イケメンだし、天は二物を与えずって、嘘ばっかり。

秀和の後ろ姿を眺めながら、美春はそんなことを考えていた。

ベンチの前までやってくると、秀和はポケットからハンカチを取り出し、ベンチの上に広げた。

「どうぞ、座って」

「えっ! ここに座っていいんですか?」

「もちろん」

「ハンカチ汚れますよ」

「構わないよ。君が汚れなければいい。ほら、座って」

「失礼します」

美春はゆっくりと腰を下ろす。同時に、目頭がじわりと熱くなるのを感じた。

こんなふうに丁寧に接してもらったのは初めてだ。
奴隷のような生活が当たり前になっていた美春にとって、思いもよらない秀和の紳士な行動は、失いかけていた人間の尊厳というものを思い出させてくれるものだった。

きっと育ちが良いんだろうな。

< 18 / 55 >

この作品をシェア

pagetop