陰が日向に変わる時
I.
「いってらっしゃいませ」

白いブラウスとストレッチ素材の黒いパンツ姿の能瀬美春(のせみはる)は、黒塗りの高級セダンに乗り込もうとする古城麗果(こじょうれいか)に向かい、深く腰を折る。

「やだぁ、靴が汚れてるじゃない!」

名門女子高校の制服を纏った麗果は、黒皮のローファーを履いた左足を美春の前へ突き出した。

「申し訳ございません」

美春は跪き、自分の膝の上に麗果の足を靴ごと乗せた。

どこが汚れているのかわからないほどピカピカに磨かれた靴だが、美春は何も言わず、身につけていたエプロンでローファー全体を拭った。

「ついでにこっちもやってちょうだい」

左足を下ろしたかと思うと、今度は右足を美春の膝を踏みつけるように置く。

「かしこまりました」

美春は右足のローファーも同じように拭った。

「ねぇ、朝っぱらからその無表情は何? 主人を気持ちよく送り出すことも使用人のあなたの仕事でしょ! 毎日毎日同じこと言わせないでよ! ホント使えない使用人ねっ!」

「申し訳ございません」

「あーーーーっ、もう、ホント最悪! 今日から新学期なのに、なんでこんな気持ちにならなきゃいけないのよっ! ぜ〜んぶあなたのせいよ」

「申し訳ございません」

「お嬢様、そろそろ参りませんと、遅刻してしまいます。さあ、お乗りください」

「わかったわ」

執事の田所が麗果を乗車させると、丁寧にドアを閉め、運転席に乗り込み車を発車させた。

毎朝々同じことの繰り返し。もう2年続いている。
車を見送りながら、美春は心の中で大きく溜息をついた。
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