陰が日向に変わる時
「先輩、何か部活はしているんですか?」

「部活はやってないけど、趣味ならあるよ」

「その趣味って教えてもらえますか?」

「絵を描くこと。特にデッサンかな」

「うわぁ、素敵ですね」

「君に頼みがあるんだけど」

「何ですか?」

「君を描いていいかな?」

「えっ⁉︎」

「君があの席に座って本を読んでいる姿はうっとりするくらい綺麗なんだ。その姿を見る度に描きたいって思ってた。ごめんね、ずっと見られてたって嫌だよね」

美春はかぶりを振った。

「その絵って、誰かに見せたりしますか?」

「見せないよ。見せたくない。君を誰にも見せたくない」

それはどういう意味だろう……

「あっ、引いた?」

「え?」

「重い男だって思った?」

「そんなこと思ってないです」

「よかった」

そう言って微笑む姿がとても眩しい。

彼はいったいどんな絵を描くんだろう。彼の目に私はどんなふうに映っているんだろう。彼が描く私が見たい。美春は強く思った。

「描いてください」

「いいの?」

「はい」

「ありがとう」

「私、いつも通りにしていればいいですか?」

「うん、普通にしてくれてればいいよ」

「いつから始めますか?」

「今からでもいい?」

「はい」

「じゃあ、中に戻ろうか」

秀和は、立ちあがろうとした美春にスッと手を差し出した。

「ありがとうございます。それからハンカチも」

「どういたしまして」

そうして、いつもの場所に座り、美春は静かに本を読み始め、その姿を斜め前の席に座った秀和が、クロッキー帳に描き始めた。

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