陰が日向に変わる時
麗果を乗せたセダンが見えなくなると、美春は母屋に戻り掃除を始める。
玄関周りから始め、水回り、応接室、客室、キッチン、リビングと広い屋敷の掃除はいつも一日がかりだ。

ここは、多くの事業を展開する資産家、古城家の屋敷。
家主夫妻と娘の麗果が住んでおり、執事、専属料理人、家政婦といった数名の使用人も住込みで働いている。美春もその一人だ。

美春は中学卒業と同時にこの屋敷にやって来た。


ー 2年前 ー

1月下旬の粉雪が舞うとある平日、美春が学校から帰宅すると、自宅前に黒塗りの高級セダンが横付けされていた。

お客さんかな?

そっと玄関ドアを開けると、二人分の見慣れない光沢のある男性用の黒い皮靴が綺麗に並べられていた。

「ただいまぁ〜」

声を抑えながら、リビングの方へ進む美春の耳に、聞き覚えのない太く低い声が届いた。

「どうですか? 悪い話ではないと思うのですが」

「大変有難いお話ですが、やはり、娘の気持ちを確かめなければ……」

え? 娘の気持ちって、お父さん、いったい何を話しているの? 幼い双子の弟はいるが、この家に娘は私一人だけど……

「娘さんはそろそろ帰って来ますよね? 直接確かめてはいかがですか?」

「い、いきなりですか⁉︎ それはあまりにも……」

本当になんの話?

気になって仕方がない美春は、ひと呼吸置いてからリビングのドアを開けた。
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