陰が日向に変わる時
実家を出て、次ぎは古城家に向かった。

そして今、秀和と美春は応接室で時貞と対峙している。

「青井さん、と言ったか?」

「はい」

「横にいるのはうちの使用人だが、何か用かな?」

「使用人、ではなく、社員、ではないのですか?」

「まぁ、そうだが」

「実は、僕たち結婚するんですよ」

「は?」

時貞は豆鉄砲でも喰らったかのような表情だったが、豪快に笑い始めた。

「冗談も休み休み言いたまえ、君は知っているのか? 美春に借金があることを」

秀和はフッと笑ったかと思うと、すぐに鋭い視線を時貞に向けた。

「おかしなことをおっしゃいますね」

「何っ?」

「美春さんではなく、美春さんの父親の借金ではないのですか?」

「まぁ、そうだとしても、美春が返すことになっているんだよ。1億だ。まだまだ先は長いぞ」

「お言葉ですが、そんなこと、知ったこっちゃないですね。親の借金を子供が返す義務はないんですよ」

「なっ……」

「というわけで、美春は今日、この家を出ます」

「はぁ? 何をふざけたことを!」

「美春、封筒を」

秀和に言われ、退職願の入った封筒をテーブルに置いた。

「何だこれは」

「退職願です。私は正社員ですよね。ですので退職願を書いたんです」

「退職願を出したからって、すぐすぐ辞めれるわけがないだろう。即日退職は法律で認められていないんだぞ。残念だが、今日出て行くなんてことは許されないことだ」

「古城さん、封を開けて、ちゃんと目を通してください」

「はぁ?」

ゴソゴソと中身を取り出す。

「退職日、いつになっていますか? 2週間後ですよね。正社員が会社を辞める場合、2週間前までに申し出なければならない。ですので、今日から退職日まで、有給を使わせてもらいます。美春の休みは土曜日のみ。有給はまるまる残っているはずだ。よろしいですね」

「そんな勝手が許されると思うか!」

「まだ言いますか? とりあえず、美春、荷物をまとめておいで」

「はい」

美春が立ち上がると、時貞が掴みかかろうとする。
それをすかさず秀和が静止した。

「俺の婚約者に軽々しく触るな」

低く、冷たさを含んだ声だった。
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