お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない
「お疲れ、二人とも」

 ニッと笑って、果実水入りのグラスを差し出すリエート卿は『息ピッタリのダンスだったな』と褒める。
それに礼を言いながら、私達はグラスを受け取った。
果実水を飲んで喉を潤し、『ふぅ……』と一息つく。
それから暫く談笑していると────不意にリエート卿が、片膝をついた。

「リディア・ルース・グレンジャー公爵令嬢、良ければ一曲踊って頂けませんか?」

 若干頬を赤くしながら、リエート卿はこちらに手を差し伸べる。
こういったことにあまり慣れていないのか、表情は少し硬いものの、私を見る目は優しかった。
『きっと勇気を出して誘ってくれたんだろうな』と思いつつ、私はチラリと兄に視線を向ける。
案の定とでも言うべきか、兄は渋い顔をしているが……相手がリエート卿なので、口を出してくることはなかった。
『好きにしろ』とでも言うように壁へ寄り掛かり、黙ってこちらを見つめる。
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