お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない
 恐らく、襲われているように見せかけるための措置だろう。
本気で蛮行に及ぶ気はない筈だ。
そう、分かっているのに────手が震える。

 嗚呼、もう消えちゃいたい……。

 惨めで情けない気持ちが込み上げてきて、私はこの世界(・・)から逃げ出したくなった。
その瞬間────真後ろに四角い壁のようなものが現れる。
白く光るソレを前に呆然としていると、リディア、ニクス、リエート、レーヴェンの四人が飛び出してきた。
『な、なにこれ……?』と困惑する私は、不安や恐怖も忘れて硬直。
すると、不意にリディアと目が合った。
刹那────この場の空気が重くなる。
いや、それだけじゃない。肌に刺さるようなピリピリとした感覚が、全身を襲った。

 えっ?何?どうなっているの?

 ギュッと胸元を握り締めながら、私は思わず身を竦める。
先程とはまた違う、本能的な恐怖が体に走った。
ここから一歩でも動いたら、殺されてしまうような……そんな錯覚を覚える。
と同時に、気づく────リディアの顔から、笑顔が消えていることに。
いや、この状況で笑っている方がおかしいのだが、そういう事じゃなくて……。

 至って真剣だけど、困惑の滲んだ表情……でも、時々抑え切れない激情が見え隠れする。
< 222 / 622 >

この作品をシェア

pagetop