お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない
 ニヤニヤと口元を歪めるメイドの姿に、僕は言い表せぬ不安を感じた。
得体の知れない何かが体に纏わりつくような感覚を覚えていると、母が席を立つ。

「あら、リズじゃない。無事に赤ちゃん、産まれたのね。良かったわ。産まれる直前になって、休暇を申請されたものだから心配していたのよ。もっと早く言ってくれたら、色々配慮したのに」

 『私達の仲なのに、水臭い』と言いながら、母はメイドの元へ駆け寄った。
スースーと寝息を立てる赤子に微笑み、『可愛い』と呟く。
早くも赤子にメロメロになる母だったが、ハッとしたように顔を上げた。

「それより、今日はどうしたの?突然、訪問してくるなんて……余程のことがあったのでしょう?あっ、もちろん赤ちゃんの顔を見せに来てくれただけでも嬉しいわよ?ただ、リズらしくない行動だったから驚いちゃって」

 『いつもは事前に連絡をくれるから』と言い、母は心配そうな表情を浮かべる。
『何かあるなら力になるわよ』と申し出ると、凛とした目でメイドを見つめた。
その瞬間、眠っていた赤子が目を覚ます。
自然とそちらへ視線を移す母は、突然硬直した。
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