お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない
 それほど私の身を案じている、ということよね……逆の立場だったら、私だって心配したでしょうし。
少なくとも、『あっ、そう。頑張って』とはならない。

 魔王の恐ろしさはクライン公爵家の一件で思い知っているため、兄の気持ちや考えは痛いほどよく分かった。
だからこそ何も言えずにいると、彼はこちらを振り返る。

「リディア」

 まるで宝物のように……一語一語噛み締めるように私の名を呼び、兄はそっと手を離した。
かと思えば、私を抱き竦める。
まるで、『どこに行くな』とでも言うように。

「リディア、頼むから『怖い』って……『助けて』って、言ってくれ。そしたら、どんな手段を使ってでもお前を守ってやる」

 震えた声で絞り出すように懇願し、兄は私の肩に顔を埋めた。
すっかり弱ってしまった彼を前に、私は返答を迷う。

 多分、お兄様は世界よりも私を取ろうとしてくれている。
だって、ルーシーさんの……『光の乙女』保持者の予言(発言)をそのままスルーすることは、有り得ないから。
さっきは『上の判断を待て』なんて言っていたけど、私の出陣はほぼ確実だろう。
だから、お兄様は────私を連れて、逃げるつもりなんだわ。
グレンジャー公爵家も、デスタン帝国も全部捨てて。

 痛いほど感じる兄の愛情に、私は若干目を潤ませる。
ここまで自分のことを考えてくれているのかと思うと、嬉しくて。

 でもね、お兄様────家族に茨の道を(あゆ)ませたくないって、思っているのは私も同じ。
大好きだからお兄様の未来を狭めたくないし、本来譲受する筈だったものを奪いたくないの。
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