お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない
 なん、だったの……?

 色々衝撃すぎて思考が追いつかない私は、手の甲を見つめ呆然とする。
『何も仕掛けられていないわよね?』と不安がる私を他所に────兄は前髪を掻き上げた。
苛立ちや困惑を誤魔化すかのように。

「……リディア、どういうことか説明してくれ」

 ハデスとの会話について言及し、兄はこちらを見た。

「あいつの口ぶりだと、お前は本物のリディアじゃないみたいだが……それは事実なのか?」

「えっと……」

 こちらもまだ混乱しているため即答出来ず、私は言葉を濁してしまう。
震える手をギュッと握り締め、視線をさまよわせていると、兄が早くも痺れを切らした。

「『はい』か、『いいえ』の簡単な質問だろう!さっさと答えろ!」

 少し乱暴に私の腕を掴み、兄は顔を覗き込んでくる。
『嘘は許さない』とでも言うように。

 今、言わないと……ちゃんと、しっかり、迷わずに。
今まで皆を騙してごめんなさい、って。
早く……早く!

 強迫観念にも似た衝動が体に走り、私は何とか口を開ける。
が、私が声を発する前に

「────今は全員混乱しているし、また日を改めよう。場合によっては、グレンジャー公爵夫妻も呼ばないといけないからね」

 と、レーヴェン殿下が兄を宥めた。
『まずは落ち着きなよ』と言いながら間に入り、さりげなく私を背に庇う。
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