お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない
 キュッと唇に力を入れる私は、目に滲む涙を堪えるのに必死だった。
少しでも気を抜いたら泣いてしまいそうで、うんともすんとも言えずにいると、母が柔らかく微笑む。
まるで、『何も心配は要らないのよ』とでも言うように。

「あとね、これからはリディアのためじゃなくて、アカリ自身のために生きてほしい」 

「我が子の未練を晴らそうとしてくれるのは有り難いが、それはもうアカリの人生だ。好きなように生きなさい」

 力強い口調で言い聞かせ、父は僅かに目元を和らげた。

「これからも表面上はリディアとして生きていかなければならないだろうが、あの子に囚われる必要はどこにもないんだ」

「何より、リディアの未練は……『皆に愛されたい』という願いは、既に叶えられたわ。充分すぎるほどにね」

「だから、もう気にせず自分の人生を歩みなさい。そのための協力は惜しまないと誓おう」

 父も母も『自分らしく生きていいんだ』と背中を押し、こちらに温かい眼差しを向けた。
誰よりも辛い立場にある筈なのに、他人である私を気遣ってくれる。
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