お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない
「英雄?自分の望み一つ叶えられないのに?」

 夜の瞳に虚無感を滲ませ、魔王は額を手を当てる。

「僕ほど無力で、無様で、情けないやつは居ないよ。いくら大勢の人々を助けられても、自分一人幸せに出来ないならそれは……」

「────貴方の人生はただ疲れるだけのものだったんですか?」

 自分の功績を、軌跡を、日々を全て否定しようとする魔王に、私は堪らず言葉を投げ掛けてしまった。
最後まで言わせてはいけない気がして。

「家族や友人、恋人などの大切な人は居なかったんですか?」

 危険だと分かっていながら一歩踏み出し、私は下から覗き込むようにして魔王を見つめる。
と同時に、そっと眉尻を下げた。

「安らぎや幸せを感じる瞬間は、一瞬たりともなかったのですか?」

「そんなことは……」

 迷いながらも首を横に振ろうとする彼は、ハッとしたように固まる。
きっと、自分でも気づかなかった本心が出てきて衝撃を受けているのだろう。
ゆらゆらと瞳を揺らす彼の前で、私はまた一歩前へ出た。
『アカリ……!』と咎めるように名前を呼ぶ兄達を他所に、私は言葉を紡ぐ。

「貴方は本当に無力で、無様で、情けない方だったのですか?」

「っ……」

 言葉に詰まって何も言えなくなる魔王に、私は表情を和らげる。
『まだ希望はあるかもしれない』と思いながら。
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