お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない
 『もしや、また走って行ってしまうのではないか』と慌てるものの、それは杞憂に終わった。
何故なら、彼が────わざわざ踵を返して、こちらに戻ってきているから。
迷いのない足取りで距離を詰めてくる彼は、私達の前まで来ると────人目も憚らず、土下座した。

「リディアのことは、絶対に守り抜きます!この命に代えても、必ず!ですから、どうか転移魔法の使用とリディアの同行を許可して頂けませんか!」

 『お願いします!』と嘆願し、リエート卿は地面に頭を擦り付ける。
貴族としての矜持も立場もかなぐり捨て、彼は家族のために奔走した。

「リエートくん、一旦頭を上げてくれ。冷静に話を……」

「いいえ!俺の願いを聞き入れてくださるまで、動きません!」

 父の言葉を跳ね除け、リエート卿は頑として頭を上げない。
説得や交渉など自分には無理だと思っているのか、ひたすら懇願する道を選んだ。
愚かなほど真っ直ぐで、不器用────でも、だからこそ胸に響く。
昔からの知り合いなら尚更。

「「「……」」」

 複雑な表情で押し黙るグレンジャー公爵家の面々は、初めて迷いを見せた。
リディア()とリエート卿、どちらも大切だから選べないのだろう。
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