契約夫婦はここまで、この先は一生溺愛です~エリート御曹司はひたすら愛して逃がさない~【極甘婚シリーズ】
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忽然と消えた。
まさにその言葉がしっくりくるほど、彼女は幻だったようにその場から姿を消していた。
「彼女は?」
「私が戻った時には、もういらっしゃらなかったようで」
彼女を担当してくれたヘアメイクアーティストに尋ねると、俺より先に戻った時にはもう姿はなかったと言う。
俺が着信で部屋を出て、恐らくすぐに出ていったようだ。
会場にいる母親からの着信で一旦パーティー会場に戻っていたため、彼女が立ち去ったことに気づけなかった。
さっきまで彼女がかけていたメイク台には、一万円札が二枚と、千円札が七枚。そして一緒に置手紙が添えられていた。
【親切にしていただき、ありがとうございました。お借りしたドレスのお代はこれでは足りないかと思いますので、後日こちらに支払いに伺います。千葉】
この置手紙だけでも、彼女が真面目で誠実なのが伝わってくる。
誰もが着飾り、華やかな時間を楽しむ中、落ちたグラスを拾い謝罪する彼女の姿が目に留まった。
盛大にシャンパンをかぶってしまったのにも関わらず、濡れた自分よりスタッフや落ちたグラス、会場を汚してしまったことを気にする。
あの会場にいながら、そのような行動を取る人間がどのくらいいるだろうか。恐らく、少数……ゼロに近いに違いない。
ほとんどが、自分の衣装が汚れてしまったことを気にし、その他のことは気にも留めない。むしろ、スタッフを責めるまであるだろう。