契約夫婦はここまで、この先は一生溺愛です~エリート御曹司はひたすら愛して逃がさない~【極甘婚シリーズ】
今日は濃紺のスリーピースにグレーストライプのネクタイを締めた橘社長がこちらに向かって歩いてくる。
「この間の話は検討してもらえたか」
会うなり開口一番そのことを訊かれ、返答に困る。
黙った私を前に、橘社長は「場所を移そう」と先を歩いていった。
一階にあるカフェテリアから中庭に出ていく。
整備された中庭は、病院内とは思えない広々とした公園のよう。木々に囲まれ、橋のかかる大きな池があったり、入院中の患者が車椅子を押してもらい散歩にも出ている。
橘社長は池のそばまで行くと足を止め振り返る。
目が合って、急激に緊張が押し寄せた。
「決意は固まったか」
母の手術をこの病院でしてもらう代わりに、私が彼の妻になるという交換条件。
要は契約結婚ということだ。
提案された時は、〝この人、絶対に変! 頭おかしい!〟まで一瞬思った。
だけど、彼にも事情があり、求めている条件にちょうど当てはまる私が現れて藁にも縋る思いなのかもしれない。
「決意は……」
冗談抜きの真剣な視線を受け、やっぱり困って視線が泳ぐ。
わずかに揺れる池の水面を見つめながら、先ほどの母の様子が瞼の裏に浮かんだ。