蝶と柊 ~冷たくて甘い君~
いや、もはや帰る場所なんて必要ない。
一人暮らしのこの部屋はいわゆるミニマリスト仕様で、生活に困らなければそれで充分だった。
必要最低限の食料、家具、衣類。それさえあれば、別に。
お金はもちろんなんだけど、今は心にだって、そんなに余裕がある訳でもないし。
しばらくぼうっとしていると、薬が回ってきたのか、昨日のことが少しずつ思い出される。
親友の神城凪沙 (しんじょうなぎさ) と学校からの帰りに最近できたパフェのお店に行った。
行列に1時間半くらい並んでようやく食べられたチョコパフェは絶品だった。
そして、確かその後の帰り道に変な人に誘拐されたんだったっけ。
いや。
いやいや。えっ?
さっきまで忘れてしまっていたとはいえ、蘇らせた自分の記憶なのだから、起こった事実には違いないんだと思う。
けど、事のスケールが大きすぎて焦る私。
でも、じゃあなんで私、こうやって無事なんだろう…?
しかも、今普通に家にいるし…
意識を研ぎ澄ませて思い出そうとしてみても、その後の記憶がはっきりと出てくることは無い。
ぼやっと曖昧に脳内に浮かぶのは、銀髪の男が私を攫っていったんだっけ…?ということくらいだった。
どうして攫われたのかも、誰に攫われたのかも、誰に助けてもらったのかもわからない。
し、ちゃんと思い出すことができない_けど。
「ま、生きてるしいっか」
助けてくれた、どっかの誰かに感謝しながら呟くと。