優しい鳥籠〜元生徒の検察官は再会した教師を独占したい〜
* * * *
翼久が向かったのは、ホテルの最上階にあるバーだった。仄暗く落ち着いた雰囲気のバーは、週末ということもあってかほとんどの席が埋まっているように見える。
ただ二人が着いた時に、タイミングよく店を出た男女がいたため、窓際の二人掛けの特等席に案内してもらうことが出来た。
「きれい……」
窓から見下ろす夜景はとても美しく、つぐみは椅子に座る前から思わず感嘆の声を漏らした。
「前に仕事の先輩に連れてきてもらったんだ。よく奥さんと一緒に来る場所なんだって」
「そうなの……」
二人はカクテルを注文すると、お互いの顔を見つめ合う。
「籠原くんもお酒が飲める歳なんだもんね。なんだか不思議」
「制服を着て、本ばっかり読んでる印象?」
「うんうん、その通り。でも……司法試験、大変だったんじゃない?」
つぐみがそう言うと、翼久は困ったように笑った。
「まぁ大変だったけど……勉強することで気を紛らわせてたっていうのもあるかな」
「……何かあったの?」
「何かっていうか、原因は先生にあるんだけどね」
「えっ……私⁈ な、何かした⁈」
「何かしたっていうか、先生に言われた言葉がずっと引っかかっててさ」
自分が彼に何かをしただなんてーー不安のあまり口をギュッと閉ざした。
「俺もはっきり言えばよかったんだけど、つい遠回しに聞いちゃったんだ。付き合っている人がいるのかどうかをさ」
途端にあの日のことを思い出す。交わした言葉だって、一言一句間違わずに言えるくらい鮮明に覚えていた。
「そうしたら先生『いる』って即答だろ? きちんと気持ちを伝えてないのに失恋確定で、大学に入ってもなんかモチベーション上がらなくて。それなら何か夢中になれることを探そうって思って始めたのが、司法試験の勉強だったんだ。今はやって良かったって思ってるから、やる気を出させてくれた先生には感謝してる」
「あの……それは……!」
「さっ、俺の話は一旦お終い。次は先生の番だよ。今日は誰と約束してたわけ?」
弁解しようとした言葉を遮られてしまう。あの頃の彼に対して、好意が全くなかったとは言い切れない。ただ立場上、それを認めるわけにはいかなかった。たとえ卒業後であっても、教師である自分が生徒と付き合うなんて御法度だと思っていたから。
でも今は卒業してから六年も経っているし、教師と生徒だったのは昔の話。今ならもしかしたらーーそんなふうに考えてから、頭を横に振る。
もう彼は私に興味がないかもしれないし、付き合ってる人がいるかもしれない。嘘をついた私のことを恨んでいるかもしれないーー期待は自分を苦しめるだけだ。むしろ新しい友人だと思っておこう。そう思うのに、僅かな希望に胸が躍る自分もいた。
翼久が向かったのは、ホテルの最上階にあるバーだった。仄暗く落ち着いた雰囲気のバーは、週末ということもあってかほとんどの席が埋まっているように見える。
ただ二人が着いた時に、タイミングよく店を出た男女がいたため、窓際の二人掛けの特等席に案内してもらうことが出来た。
「きれい……」
窓から見下ろす夜景はとても美しく、つぐみは椅子に座る前から思わず感嘆の声を漏らした。
「前に仕事の先輩に連れてきてもらったんだ。よく奥さんと一緒に来る場所なんだって」
「そうなの……」
二人はカクテルを注文すると、お互いの顔を見つめ合う。
「籠原くんもお酒が飲める歳なんだもんね。なんだか不思議」
「制服を着て、本ばっかり読んでる印象?」
「うんうん、その通り。でも……司法試験、大変だったんじゃない?」
つぐみがそう言うと、翼久は困ったように笑った。
「まぁ大変だったけど……勉強することで気を紛らわせてたっていうのもあるかな」
「……何かあったの?」
「何かっていうか、原因は先生にあるんだけどね」
「えっ……私⁈ な、何かした⁈」
「何かしたっていうか、先生に言われた言葉がずっと引っかかっててさ」
自分が彼に何かをしただなんてーー不安のあまり口をギュッと閉ざした。
「俺もはっきり言えばよかったんだけど、つい遠回しに聞いちゃったんだ。付き合っている人がいるのかどうかをさ」
途端にあの日のことを思い出す。交わした言葉だって、一言一句間違わずに言えるくらい鮮明に覚えていた。
「そうしたら先生『いる』って即答だろ? きちんと気持ちを伝えてないのに失恋確定で、大学に入ってもなんかモチベーション上がらなくて。それなら何か夢中になれることを探そうって思って始めたのが、司法試験の勉強だったんだ。今はやって良かったって思ってるから、やる気を出させてくれた先生には感謝してる」
「あの……それは……!」
「さっ、俺の話は一旦お終い。次は先生の番だよ。今日は誰と約束してたわけ?」
弁解しようとした言葉を遮られてしまう。あの頃の彼に対して、好意が全くなかったとは言い切れない。ただ立場上、それを認めるわけにはいかなかった。たとえ卒業後であっても、教師である自分が生徒と付き合うなんて御法度だと思っていたから。
でも今は卒業してから六年も経っているし、教師と生徒だったのは昔の話。今ならもしかしたらーーそんなふうに考えてから、頭を横に振る。
もう彼は私に興味がないかもしれないし、付き合ってる人がいるかもしれない。嘘をついた私のことを恨んでいるかもしれないーー期待は自分を苦しめるだけだ。むしろ新しい友人だと思っておこう。そう思うのに、僅かな希望に胸が躍る自分もいた。