優しい鳥籠〜元生徒の検察官は再会した教師を独占したい〜

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 店を出た途端、翼久はつぐみの手を握った。突然のことに驚いて口が塞がらなくなった様子を見て、翼久は不敵な笑みを浮かべる。

「いきなり気持ちが変わったら困るからね。もうつぐみさんは俺のものだよ。簡単には逃さないから」
「に、逃げないってば……籠原くんだってーー」
「翼久だよ。ちゃんと呼ばないと、場所もわきまえずにキスするからね」
「き、キス⁈」

 到着したエレベーターに乗り込み、二人は奥へと進んでいく。名前を呼ばなければという緊張もあり、つい口を閉ざしてしまう。

 エレベーターが動き出し、各階で止まるたびに乗客が増え、立っているスペースも減っていく。そのためつぐみはバランスを崩して翼久の胸に倒れ込んでしまう。

「あっ、ごめんね、籠原くんーー!」

 謝罪を口にした瞬間、つぐみの唇は翼久によって塞がれてしまった。他の乗客が二人に背を向けている状態のため、キスしていることはバレていないはずだが、それでもそのキスはエレベーターが止まるまで終わることはなかった。

 ようやく解放された時、つぐみの心臓は驚くほど早く打ちつけていた。それに反し、翼久は満足気に笑っている。

「つぐみさんが名前で呼んでくれないから」
「だって……まだ名前で呼んだことないし」

 二人は手を繋いで駅に向かって歩き始める。金曜日の夜。もうすぐ日付が変わろうという時間。まだ大人たちの時間は終わらないようで、たくさんの人が通りに集まっていた。

「じゃあ練習しよう。ほら、言ってみて」
「今? 後じゃダメなの?」
「いつやっても同じなら、早く始めた方が慣れるんじゃない?」
「……翼久、くん?」

 恥ずかしさをグッと堪えて、彼の名前を読んでみる。それを聞いた翼久は時間が止まったようにその場に立ち尽くすと、急につぐみの手を引いて人通りの少ない裏路地に入っていく。

「どうしたの……んっ……」

 尋ねようとしたつぐみは電柱裏に引き込まれ、翼久にキスをされた。貪るようなキスに意識が飛びそうになる。

「翼久くん……?」

 つぐみの声で我に返った翼久は、彼女の方を両手でグッと掴んでから天を仰いだ。

「すみません、先走りました。早く家に行きましょう。タクシー呼びます」

 翼久の言葉が敬語になり、つぐみは思わず吹き出した。スマホを操作する彼の手がぎこちなくて、可愛いと思ってしまう。

 ちゃんと名前を呼んだのにキスをされるなんてーーいきなりキスをされて驚いたが、彼の新たな一面を見て緊張がほぐれた。
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