この異世界ではネコが全てを解決するようです 〜ネコの一族になって癒やしの力を振りまいた結果〜
 気がつけば、私は両手で彼女の口を塞いでいた。
 その場にいた人々が揃って口を噤み、部屋の中がしんと静まり返る。 
 初対面の相手に口を塞がれたカタリナさんも、その兄も。
 はらはらしながら見守っていた中尉とメイドの少女、それから大佐も。
 そんな中、一人と一匹が私の名を呼んだ。

「タマ」
『珠子』

 ミケとネコの声に、背中を押された気分になる。
 私は両目をぱちくりさせているカタリナさんを見つめて口を開いた。

「あなたが、ラーガストの王宮で辛い思いをなさったのは聞き及んでおります。そのことで、あなたが誰かを恨んだり、糾弾したりするのを止めるつもりも、その権利が自分にないこともわかっています」

 ミケが、トラちゃんを襲おうとしたベルンハルトの武官を諭した時のことを思い出す。
 あれは結局演技だったらしいが、トラちゃんだってなす術もなく戦争に巻き込まれた被害者の一人であり、行き場のない怒りや憎しみをぶつけるべき相手ではない、とラーガスト王国への蟠りを抱く者達に気づかせた。
 理不尽な人生を強いられたカタリナさんもまた、怒りや憎しみを抱くのは当然だ。

「あなたがどんな思いを抱こうと自由です。心の中で誰を詰ろうと、誰も口出しできません。けれど──」

 トラちゃんに、それをぶつけるのだけは看過できなかった。
 人は、この世に生まれ出た瞬間から一個人であり、親であろうと誰であろうと、傷つける権利など持っていないのだから。

「どうか、お願いします。トラちゃんを……息子さんを否定する言葉だけは、彼の前では絶対に口にしないでください」

 私はそう告げると、カタリナさんの口から両手を離した。
 そうして床の上に正座をし、ぐっと頭を下げて言う。

「お願いします」
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