この異世界ではネコが全てを解決するようです 〜ネコの一族になって癒やしの力を振りまいた結果〜

33話 悪意と殺意

「……これはこれは」

 ミケを認めたマルカリヤンは、片頬を歪めて嫌な笑いを浮かべた。

「もうおいでになっていたとは、気づきませんでしたなぁ──ミケランゼロ王子殿下」
「私も、こんな風に相見えることになるとは思ってもみませんでしたよ、マルカリヤン王太子殿下」

 隣り合う国の次期国王同士、ミケとマルカリヤンは面識があったようだ。
 にこやかに挨拶を交わしているが、二人とも全然目が笑っていない。
 マルカリヤンを長とするラーガスト王国軍の残党は、ベルンハルト王国軍を足止めするために峠道を塞いだらしい。
 よって彼らは、それを率いているはずのベルンハルトの王子はまだ峠を越えられていないと思い込んでいた。
 ミケはその裏をかいて、隣の部屋のバルコニーから外壁を伝ってきたようだ。
 しかし、老夫婦の孫が弓矢で狙われているのに気づいて、姿を現さざるを得なくなった。

『こらぁ、王子! さっさと珠子を、あの馴れ馴れしい野郎から取り戻さんかっ!』
「言われなくとも、そのつもりだ」

 足下で伸びたマルカリヤンの部下を踏み台にして、ネコがミケの肩へと駆け上がる。
 ミケは、その真っ白い毛並みをおざなりに撫でると、マルカリヤンに向かって作り笑いを浮かべた。

「貴殿がご健在なのは、誠に喜ばしいことです──なにしろ、まだお若い末の弟君に戦争責任を負わせるのは忍びなかったものですから」

 言外に、王太子であるお前が責任を取れと要求するミケに対し、マルカリヤンは満面の笑みで応える。

「戦争責任を負うのは敗戦国の役目でございましょう。あいにく、私の中ではまだ戦争は終わってはおりませんのでね──例えば、ここで殿下の首を取れば、一発逆転の可能性もありうるかと」

 バチバチ、と二人の間で火花が散ったように錯覚し、不幸にも間に挟まれる形になった私は首を竦める。
 マルカリヤンの手は外れたが、とてもじゃないが口を開ける状況ではなかった。
 私の顔を見たネコがミケの肩の上で、ふぎゃーふぎゃーと抗議の声を上げる。『おいいいっ! 珠子を挟んで物騒なやりとりはやめんかいっ! 見ろ、かわいそうに! 涙目になっとるだろうがっ!』
「そうだな」

 ミケは私と目を合わせると、大丈夫だと言うように小さく頷いて見せた。
 そうして、改めてマルカリヤンに向き直ると、毅然と言い放つ。

「戦争は、終わったのだ」

 私を抱き込んだマルカリヤンの腕に、ぐっと力がこもった。
 ミケは一歩こちらに踏み出しつつ続ける。

「貴殿も民を思うのならば、せっかく訪れた平穏な日々を、彼らから取り上げるような真似はなさいますな」

 それを聞いたマルカリヤンは……
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