店長代理と世界一かわいい王子様 ~コーヒー一杯につき伝言一件承ります~
 ジュニアがネコ族の先祖返りである一方、イヴがルーシアと呼んだのは、オオカミ族の先祖返り。
 ただし、その姿はウィリアムともロメリアとも違っている。
 彼女は、オオカミの耳と尻尾があるだけではなく、マンチカン伯爵や庭師のラテみたいに、ヒト族の血を感じさせない獣そのものの姿をしているのだ。
 白金色の毛並みに覆われたその身を包むのは、上品な青のワンピース。足下は、黒い編み上げのブーツだった。
 ジュニアは頭の上の猫耳をピンと立て、目を丸くして彼女を凝視する。
 その前にカップを置くと、イヴは料金箱を開けて硬貨を一枚取り出した。
 入れられたのは金貨だったようで、コーヒー代として受け取ったとしても、おつりを渡さなければならない。
 ところが、オオカミ娘ルーシアが目に見えていらいらとしだした。

「コーヒーはいらないけれど、伝言を頼みたいから対価を支払ったんでしょ。それくらい、察しなさいな」
「いえ、困ります。伝言を承るのはあくまでコーヒーのおまけであって、それを商売にしているわけではありませんので」

 オオカミ娘の名はルーシア・メイソン。イヴやロメリア王女と同い年の、メイソン公爵家の娘である。
 実は、現メイソン公爵の姉が先代のフォルコ夫人に当たるため、イヴとルーシアは従姉妹同士ということになるのだが……

「つべこべ言わずに受け取ればいいのよ。本当に融通が利かないわね。これだから、どこの馬の骨とも知れない女の子供は嫌だわ」

 吐き捨てられたその台詞に、金貨を返そうとしていたイヴの手が小さく震えた。
 横で聞いていたジュニアは、盛大に顔を引き攣らせている。
 メイソン公爵家の人間は総じてプラチナブロンドの髪をしており、オリバーのそれは母譲りである。
 一方、アンドルフ王家の末席に連なるフォルコ家の多くは、銀色の髪をしていた。イヴ達の父もそうだ。
 けれども、イヴの髪は黒い。それの意味するところは……

「一人前に家名を背負っていい気なものだわ──私生児のくせに」

 ルーシアは、薄青色の瞳をイヴから逸らしてぼそりと続けた。
 イヴと王立学校の在籍期間が被っていないリサやヴェロニカは知らなかったが、実は同年代の間では有名な話なのだ。
 イヴがフォルコ夫人が産んだ子供ではない──つまり、オリバーとは腹違いの兄妹だという事実は。
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