すずらんを添えて 幸せを
やがて巨大な岩肌が見えてきた。

立ち止まった私は、足元に目を向ける。

草の茂みの中に黒い塊が見えて、かがんで草を手でよけてみた。

「なんだ?石碑か?」

そう言って尊も黒い石に書かれた言葉に目を凝らす。

「んー、万葉の歌碑か。なんて読むんだ?奈痲余美乃甲斐乃國…(なまよみのかいのくに…)。あー、もう分からん」

尊の言葉を聞きながら、私はじっと石碑に彫られた漢字に目を落とす。

「日の本(もと)の 大和の国の鎮(しづめ)とも…」

「蘭?!読めるのか?」

私は心を無にして読み進める。

「座(いま)す神かも 宝とも 生(な)れる山かも」

石碑の一文を口にした時、遠くから地響きのような音が聞こえてきた。

ハッとして立ち上がると、尊がすぐさま私の肩を抱き寄せる。

地響きはだんだん大きくなり、迫りくる何かに私は身をこわばらせた。

尊がぎゅっと私を強く抱きしめる。

やがて足元の地面がグラグラと揺れ始め、私は思わず悲鳴を上げた。

自分の声さえ聞き取れないほど地鳴りは大きく、地震で身体が揺れる恐怖に私は尊の胸に顔をうずめてすがりつく。

「大丈夫だ、蘭」

耳元で尊の声がして、私は必死で尊の胸元を握りしめながら頷いた。

ひたすら身体を固くして耐えていると、徐々に揺れや地鳴りが落ち着いてきた。

「蘭、あれ!」

尊の声に顔を上げる。

さっきまではただの岩肌だった真ん中に、勢い良く水が真上から流れ落ちていた。

「…滝」

「ああ。幻の滝だ」

しばらく圧倒されたように立ち尽くしていた私達は、ゆっくりと滝に歩み寄ってみた。

近くまで来ると、細かい水しぶきが頬に触れる

「蘭。おばさんは川を見ただけなんだろう?この滝については何か?」

「何も聞いてない。多分、お母さんが見たのは川だけ。この滝は見てないと思う」

「それなら、どうして蘭は…?」

聞かれても分からない。
けれど確かに私はこの滝に導かれた。

私は後ろを振り返る。

さっきまでは何もなかった地面に、細く水が流れていた。

おそらくあの川に繋がっているに違いない。

「尊、この滝が昔お母さんに語りかけたんだと思う。助ける代わりにいつか子どもの一人を返せって」

尊が隣で息を呑む気配がした。

「蘭、いったいこれからどうする気だ?」

「分からない。けど、とにかくお願いしてみる」

そう言うと私は、まっすぐ滝に向かって歩き出す。

「蘭!」

尊が急いで駆け寄り、私の肩を右手で抱く。

「俺も行く」

真剣な眼差しに、私も頷いてみせる。

二人で滝壺に浮かぶ岩を伝い、滝の中央まで進んだ。

すぐ目の前に迫りくる水のカーテン。

私はその真ん中にスッと手を差し入れた。

その時だった。
まるで私の手が水を弾くかのように、滝の流れが左右に分かれ、私と尊の前に道が現れた。

思わず二人で顔を見合わせる。
だが、考えていることは同じだった。

「行こう、尊」

「ああ」

しっかりと手を繋ぎ直し、二人同時に足を踏み出した。
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