すずらんを添えて 幸せを
「夕飯にシチュー作ったから持って来たの。すぐ食べる?」

「ん、サンキュ」

ふぁ…とあくびをしながら答える尊は、どうやらまだ眠いらしい。

「ねえ、なんで今頃寝てんのよ?いつ寝たの?」

「さあ、知らん。気づいたら寝てて、お前の声で起きた」

「はあ?まったく、もう。どういう生活してんのよ?気楽なもんね、大学生って。こっちは学校から帰って来て、すぐに夕飯の支度してるっていうのに。大学は?今日は休みなの?」

「ああ。ゴールデンウィークの中日(なかび)だからな」

「そんなんで休みになるの?」

「教授が休講にしたんだ。俺のせいじゃないからな」

「だからってこんな時間まで寝てるなんて。いいわね、大学生って」

呆れて小言を言いながら、私はガスコンロに火をつけて、シチューをとろ火で温め始めた。

勝手知ったる他人の家とばかりに冷蔵庫を開け、レタスやトマトを取り出してサラダを作る。

慣れたもので、調理道具やお皿の場所も迷うことはない。

私と尊はマンションの部屋が隣同士の、いわゆる幼なじみだ。

尊は5才の時にお父さんを亡くし、それ以降母子家庭で育った。

まだ幼い尊が一人で留守番するのを見かねた私のお母さんが、「一緒に夕飯を食べよう」と毎日うちに呼んでいた。

そんな尊も現在は大学2年生で、高校1年生の私よりも4才年上。

さすがにもう一人で留守番したって何ともない年齢なのだが、ついくせで私は尊の夕飯を気にかけてしまう。

特に今、尊のお母さんは海外出張で1か月留守にしている為、尊一人で生活が乱れなきゃいいけど…と思っていたら案の定だった。

「お前んとこ、まだ誰も帰って来てないのか?」

グツグツし始めたシチューを混ぜていると、尊が聞いてくる。

「うん。お父さんとお母さんは、相変わらず仕事で遅いしね」

(すず)ちゃんも?」

「そう。図書館で勉強してから帰るってメッセージ来た」

「ふうん。真面目だな、鈴ちゃんは」

「鈴ちゃんはって…。なに?その含んだ言い方」

ジロリと私は尊を横目で睨む。

別にー?と、尊はどこ吹く風とばかりにスタスタとソファに向かった。

やれやれと肩をすくめて、もう一度鍋に目を落とした時、なんだかめまいのような感覚がして、え?と顔を上げる。

(らん)、火止めて。地震だ」

「あ、うん」

いつになく真剣な表情でこちらに戻って来た尊は、私がコンロの火を消すと、すぐに手を引いてソファに座らせた。

「大丈夫だ。そんなに大きくない」

「うん」

天井を見上げると、照明がユラユラと揺れているのが分かる。

カタカタとチェストの上のフォトフレームが音を立て、パタンと倒れた。

船に揺られているような気持ち悪さが続き、しばらくするとようやく落ち着く。

「もう平気かな?」

「ああ」

私は立ち上がってチェストに近づき、倒れたフォトフレームを手に取った。

それは尊のお父さんの写真。

にっこりと笑っている、尊によく似た写真の中のおじさんは、記憶にはないけれど、赤ちゃんだった私とお姉ちゃんも可愛がってくれたらしい。

満面の笑みで私を抱っこしているおじさんの写真が、我が家のアルバムにも残っている。

フォトフレームがひび割れていないか確かめてから、私はそっとチェストに戻した。

尊はローテーブルの上のリモコンを手に取り、テレビをつける。

ちょうど情報番組をやっている時間で、『地震速報』のテロップと共にアナウンサーが「先程、18時42分頃、地震が発生しました」と話している。

この辺りは震度3らしかった。

「震源地は静岡か。震度5弱だったらしいな」

静岡…と、私は小さく呟く。

(もしかして、またお姉ちゃんに何か…)

ポケットからスマートフォンを取り出すが、特に連絡はない。

「どうかしたか?」

「ううん、何でもない」

尊に顔を覗き込まれて、私はスマートフォンをポケットにしまった。
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