すずらんを添えて 幸せを
「すみません、花木(はなき)と申しますが、姉の病室は…」

尊の運転する車で大きな総合病院まで来ると、私は急いでナースステーションに立ち寄った。

「あ、花木 鈴さんね。302号室よ。ご両親も今そこにいらっしゃるわ」

「ありがとうございます」

ぺこりとお辞儀をしてから、足早に病室に向かう。

廊下の真ん中辺りまで来ると、ドアが開け放たれた部屋があった。

302の番号と名前のプレートを確認してから、そっと中を覗き込む。

4人部屋だが他には誰もおらず、窓際のベッドにお姉ちゃんが横たわっていた。

すぐ横の椅子に座って、お父さんとお母さんが悲痛な表情でうつむいている。

声をかけようとした私は、ただならぬその雰囲気に、吸った息をそのまま吐き出した。

「どうして毎回こんなことに。だんだん症状も重くなってる。やっぱり鈴は、あの山に命を奪われようとしているの?」

お母さんが震える声で言い、顔を両手で覆って涙ぐむ。

お父さんはそんなお母さんの肩を抱いて、言い聞かせた。

「落ち着け!そんなことある訳がないだろう?鈴の身体が弱いのは生まれつきだ。あの山とは何も関係がない」

「それならどうしてよ?あの辺りで地震が起きると、鈴は毎回倒れてしまう。地震の規模が大きくなってきて、鈴の心臓もだんだん弱ってきてる。私、どうしてもあの時の言葉が忘れられないの。『いつか必ず一人を返せ』って、あの言葉が。お腹の中の鈴と蘭が助かったのは、それが条件だったのよ」

「そんな非科学的な話を信じるのか?大丈夫だ、鈴は必ず良くなる。現代の医学の力を信じるんだ。鈴の生命力もな」

ドアの陰で立ち尽くしていると、尊が隣で心配そうに私を見つめているのに気づき、私は無理やり頬を緩めて頷いてみせた。

コンコンと開いたままのドアをノックしてから、部屋に顔を出す。

「お父さん、お母さん」

「蘭!早かったな」

「うん、尊に車で送ってもらったから」

「そうか。尊くん、ありがとう」

お父さんの言葉に、尊は短く「いいえ」と首を振る。

「それより、鈴ちゃんの具合はいかがですか?」

「ああ、いつもの心臓発作だよ。図書館で倒れたらしい。今はもう落ち着いている」

「そうですか」

私と尊はそっとベッドに近づき、お姉ちゃんの様子をうかがう。

白い肌がさらに青白く、艶やかな黒髪と相反して痛々しい。

「お姉ちゃん…」

思わず呟くが、心電図のモニターの音だけが響き、酸素マスクをつけられたお姉ちゃんは微動だにしない。

「蘭、鈴は今夜は入院する。お前はもう帰りなさい」

「お父さん達は?」

「主治医の先生とお話してから帰るよ」

「そう、分かった」

本当はちっとも納得していなかったけれど、今この場ではこれ以上どうしようもない。

私は素直に頷いて、また尊にうちまで送ってもらうことにした。
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