すずらんを添えて 幸せを
楽器がなくなり身軽になった私は、リュックの持ち手を両手で握りながらマンションへと帰って来た。

エレベーターを降り、尊のうちの前を通り過ぎた時、ガラッと尊の部屋の窓が開いた。

「蘭」

「わっ!びっくりしたー。珍しいね、こんな時間に尊が家にいるなんて」

「ああ。明日の準備してた」

「準備?何の?」

「前に言ってなかったっけ?夏休みに、イギリスの提携大学に短期留学するって」

そう言えば聞いた気がする。
そうか、夏休みって今だもんね。

「明日からなの?どれくらいの間?」

「2か月」

えっ!と、私は驚く。

「そんなに長い間?」

「うん。まあ、大学の夏休みって長いしな。それに向こうで授業受けると、その単位をこっちの大学に移行出来るんだ。家でゴロゴロするより、有意義な休みにしようかと思ってさ」

「それは、まあ、いいと思うけど…」

尊とそんなに会えなくなるなんて、今まであったっけ?

いや、なかった。
生まれてから一度も、尊と2か月も会わなかったことなんてない。

なんだか気持ちが追いつかず、私は足元に目を落とした。

(別に会えなくても困ることは、ないはずなんだけど。いつも会ってるって言っても、こうやって通り過ぎる時に声かける程度だし。でも…)

ひょっとして私、今…。

(寂しい、のかな?)

ずっとうつむいたままでいると、蘭、と尊の声がした。

「ちょっとそこで待ってて」

そう言って窓を閉める。
しばらくすると、玄関から姿を現した。
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