すずらんを添えて 幸せを
リビングに行くと、お帰り!とお姉ちゃんが笑いかけてくれた。

特に変わった様子もなく、私はほっとする。

「ただいま。今日は来てくれてありがとう、お姉ちゃん」

「ううん。今回は更に上手な演奏で、もう鳥肌立っちゃった。蘭、すごく素敵だったわよ」

でも…と、お姉ちゃんは急に真顔になった。

「ねえ、蘭。あの隣の男の人とつき合ってるの?」

へ?と私は呆気に取られる。

「隣って、奏也先輩のこと?」

「"そうや"か"どうや"かは分かんないけど。やっぱりあの人、蘭への想いを語っちゃってるわよね?俺の愛を受け止めろよ!って感じで吹いてたもん。でもさ、蘭もどうしたの?なんで今回はあんなに、私もあなたが好きー!みたいな演奏してたの?」

「お姉ちゃん…、吹奏楽部でもないのに、よくそんなに音楽のことが分かるね?」

私は妙に感心してしまった。

「誰だって分かるわよ。愛がダダ漏れだったんだから。ね、蘭。まさかあの人とつき合ってないわよね?」

「うん、つき合ってないよ。でもコンクール中は恋人のフリしてる」

は?!とお姉ちゃんは素っ頓狂な声を出す。

「恋人の、フリ?!」

「そう。あの部分はそういう描写だから。それにフリって言っても特に何もしてないよ。気持ちだけ恋人って感じ」

「気持ちだけって、そんな…。尊くんはどう思ってるの?」

「尊?なんでここで急に尊が出てくるの?」

「だって、気持ちの上だけとは言え、蘭が誰かと恋人のフリするなんて…。やめてくれって言われなかった?」

「尊に?いやいや、そんなの話してないし」

「言ってないの?!まあ、そうね。聞いたら尊くん、絶対いい気はしないものね。でもなあ、私はやっぱりこういうの、良くないと思うわよ?蘭が好きな人への愛を込めて吹きたいなら、それは尊くんを思い浮かべて吹かないと」

「…………は?」

思ってもみなかった言葉に、私は目を丸くして驚く。

「お、お姉ちゃん?何を言って…」

「そうよ、蘭。尊くんへの愛を思い切り音に込めて吹けばいいのよ。ね?何もあの"どうや"先輩を恋人だと思う必要なんてない」

どうやじゃなくて、そうやだけど。
いや、その前にお姉ちゃんは何か勘違いしている気がする。

「あの、お姉ちゃん?どうして奏也先輩と私の話に尊が出てくるの?」

「それはもちろん、恋の三角関係だからよ」

はあ、やれやれ、と私はため息をつく。

「お姉ちゃん。私、別に誰ともつき合ってないよ?」

「………は?」

今度はお姉ちゃんが間の抜けた返事をする。

「うそでしょ?尊くんとも?」

「うん」

「そんな訳ないでしょ?じゃあ、あれは何だったのよ?」

「あれって?」

「蘭!尊ー!タタタタタッ、がしっ!ってやつ」

お姉ちゃん、意味が分からないんですけど…

「あんなに熱い抱擁見せつけられて、つき合ってませんなんて誰が信じるのよ?今度おじさまにも聞いてごらんなさい。絶対私と同じように思ってるわよ」

そんなこと言われたって、本当につき合ってないんだから仕方ない。

「蘭ー、早く着替えてきなさい。ご飯にするわよ」

お母さんの声がして、私は、はーいと部屋に向かった。
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