すずらんを添えて 幸せを
「私達が生まれるよりも前に、お母さんはお父さんと富士山のふもとにドライブに来たんだって。5月のまだ登山シーズン前で、もちろん登山するつもりもなくて、車を駐車場に停めて少し辺りを探索してたんだって。林の中を歩いていたら、急に濃い霧が発生して、気づいた時には二人ともはぐれてしまったらしいの」

尊はじっと私の話に真剣に耳を傾けている。

「周りに誰もいないし霧で何も見えない。お母さんは必死になってお父さんを探したけど、そのうちにどこから来たのかも分からなくなって、完全に道に迷ってしまったの。だんだん日が暮れて真っ暗になって、もう帰れないのかもしれないって心細くて泣いたんだって。神様、どうか助けてくださいって必死にお願いしてたら、ぼんやりと道端にすずらんの花が咲いているのに気づいて、それをたどって歩いて行ったら、川にたどり着いたって」

「すずらんをたどって川に…」

「そう。喉が渇いていたお母さんは、その川の水を飲んだんだって。そして、神様ありがとうございますって両手を組んでお礼を言ったの。そしたら、声が聞こえてきたんだって」

「声?それって、誰かが呼んでる声?」

「ううん。心の中に聞こえてきた、神様のお返事だってお母さんは言ってた。『あなたとあなたの子どもを無事に帰します。その代わり、いつか一人を私に返して』って」

「それって…」

尊は息を呑んで目を見開く。

「まさか、鈴ちゃんはそれで…」

私は視線を落として口をつぐんだ。

この話は、私が何度もお母さんを問い詰めてようやく聞き出した話だった。

「どうしてお医者様はどこも悪くないって言うのに、お姉ちゃんは何度も倒れてしまうの?」と、事あるごとに私はお母さんに尋ねていた。

お父さんは「大丈夫、そのうち治るよ」と言っていたけれど、お母さんはいつも辛そうな表情だったから。

「お母さん、何か知ってるんでしょう?教えて!」

そしてようやく1年前にこの話をしてくれたのだった。

お母さんは、その時心に聞こえてきた言葉の意味は分からなかったが、そのすぐあとにお父さんが見つけ出してくれて、無事に帰宅した。

半月後に妊娠に気づいて病院に行き、告げられた言葉に衝撃を受ける。

「おめでとうございます。双子の赤ちゃんですよ」と。

『あなたとあなたの子どもを無事に帰します。その代わり、いつか一人を私に返して』

この言葉の意味は、もしや…

お母さんは妊娠中も、ずっと不安な毎日を過ごすことになる。

無事に生まれてホッとしたのも束の間、双子の姉の方だけは、大きくなるにつれて発作で倒れることが増えた。

病院で診てもらっても、原因は不明だと言われる。

そのうちにお母さんは、あることに気づいた。

お姉ちゃんは、富士山の辺りで地震が起きると発作を起こすことに…
< 8 / 75 >

この作品をシェア

pagetop