エリート弁護士は生真面目秘書を溺愛して離さない
 由依の隣に立っているのは、事務所で別れたはずの鞘白だった。先ほどと変わらぬ仕立てのいいスーツ姿で、端正な横顔が夕陽に照らされている。けれど、いつもは冷静な顔が険しくしかめられ、切れ長の瞳は愛衣と稔を鋭く睨みつけるようにしていた。

「どうして……?」

 なぜここにとか、今つまらん話と言いましたかとか疑問はつきない。他の二人も同様なようで、突如として現れたやけに綺麗で迫力のある男を前に唖然としている。

 稔は一歩後ずさり、愛衣は鞘白を見つめて両手で口を押さえる。愛衣の丸い目が一瞬だけこちらに向けられて、どうしてか由依の背筋に鳥肌が立った。何か嫌な予感がする。

 けれどその正体の尻尾を捕まえる前に、鞘白が冷ややかに言った。

「悪いが、こちらは彼女に大切な用がある。——行くぞ、由依」

 普段は呼ばれない名前を呼ばれ、硬直した腕を引かれる。それで正気に返って、由依は染みついた秘書根性でもって勢いよく返事をした。

「は、はいっ」

 鞘白の唇に、微かな笑みが浮かぶ。

「いい子の返事だ」

 彼はそのまま由依の肩を抱き、悠々とその場を後にする。「あ、おい……」と背後で稔が言いかけるのが聞こえたが、鞘白は完全に無視して歩を進めた。
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