エリート弁護士は生真面目秘書を溺愛して離さない
 由依がとっさに振り向こうとすれば、耳元で「後にしろ」と囁かれる。後なんてあるのかと思いつつ由依は大人しく頷いた。従わざるを得ない、威圧感のようなものが鞘白の声の底には流れている。

 そうしてしばらく歩き、やっと冷静になってきた由依はガバリと顔を上げた。

「あ、あのっ、鞘白先生、一体どうして」

 ちょうど横断歩道の信号が赤になって、二人は足を止めた。

 駅から離れて事務所の方へと戻ってきているようだった。いつの間にか日は沈み、二人の歩く大通りには薄闇が漂う。それでも道沿いに立ち並ぶビルの明かりを受けて、鞘白の顔はよく見えた。さっきまで稔たちに向けていた冷酷さはなりをひそめ、今はもういつも通りの冷静沈着な鞘白先生だった。

「小鳥遊がパスケースを忘れていったと、あの後輩が騒いでいた。ないと困るだろうから届けに来た」

 鞘白がスーツの胸元からパスケースを取り出す。茶色の革製のそれは、確かに由依のものだった。

「須藤さんですね。ありがとうございます……」

 両手で受け取りながら、由依は眉根を寄せる。わざわざこんなもののために? クライアントが話そうと思えば一時間八万円かかる男が?

 不審に思いながらもパスケースをバッグにしまう由依を、鞘白がじっと見つめていた。

「あれは妹か? あまり似ていない姉妹なんだな」
「よく言われます……」
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