エリート弁護士は生真面目秘書を溺愛して離さない
 由依はわが耳を疑う。突拍子もない提案に、涙が一気に吹き飛んだ。

「な、な、何を……!?」

 声を裏返らせる由依に対し、鞘白の面持ちに冗談の気配は微塵もない。澄んだ黒色の瞳が由依の表情を窺うように底光る。

 由依は汗の滲む手でぎゅっとバッグのベルトを握りしめた。赤信号はまだ変わらない。

「変な男についていくなって言ったの、鞘白先生ですよ……?」

 鞘白の柳眉がひそめられる。

「俺は変な男じゃない。だいたい、あの男の方がろくでもないだろうが」
「仮にも他人の元彼になんて言い草……。でも、どうして私にそんなことを? 私が先生の秘書だからですか?」

 まともに鞘白と顔を合わせられなくて、横断歩道の向こう側を凝視した。手持ち無沙汰に信号を待つ人々が並んでいる。あの中に今の由依よりも惨めな思いをしている人はいるだろうか。いないだろう。そうであって欲しい。こんな思いをするのは一人で十分だ。

 由依は赤信号を見つめたまま、致命の一撃を放った。 

「先生、別に私のこと好きじゃないでしょう。憐れみをかけるのはやめてください」

 信号が青に変わる。さっさと歩き出そうとした由依の腕を鞘白が強く掴んだ。ちょっと骨が軋むくらい、強い力だった。

「まさか小鳥遊は、俺が何とも思っていない女にこんなことをすると思っているのか。そんな不誠実な男だと?」
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