エリート弁護士は生真面目秘書を溺愛して離さない
「ええ、そうね。執務室に行ってくる」

 自分の担当弁護士である鞘白の名を出され、由依は頷いて秘書室を出た。シックな絨毯の敷かれた廊下を歩き、弁護士が仕事をするための執務室に向かう。

 都心に居を構え、百人を超える弁護士を抱える鞘白弁護士事務所では、基本的に秘書は複数の弁護士を担当する。

 しかし由依はただ一人、所長の甥にしてエース弁護士である鞘白壱成の専属秘書として働いていた。入所すぐに配属されて、気づけばもう六年目だ。

 この事務所の秘書業務は多岐に渡る。スケジュール管理はもちろんのこと、案件資料の管理や簡単な法令調査に行政手続きまで。きちんと仕事を終わらせないと担当弁護士の業務に差し障るから勝手に帰宅はできない。

「鞘白先生、ご在席ですか?」

 執務室のドアをノックすれば、すぐに返事があった。

「小鳥遊か。入れ」

 耳朶を撫でるような、艶やかな低い声。しかしどこか冷ややかさを帯びていて、秘書たちには人気だが気の弱いクライアントを怯えさせることもある。

 由依も耳にくすぐったさを感じながら「失礼します」とドアを開け、室内の景色に思わずぎゅっと目を細めた。

 大きな窓から夕陽が差し込む中、執務机に凄まじいほどの美貌の男が座っていた。
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