エリート弁護士は生真面目秘書を溺愛して離さない
 壱成の答えに、由依の表情がくしゃくしゃに歪む。ぱっと両手で顔を覆い、深い深いため息をついて、心臓が引き絞られてでもいるかのように呻いた。

『どうして、お母さんに浮気のこと言っちゃったんだろう……っ』

 両手の隙間からこぼれ落ちた声に、壱成は眉根を寄せた。

『離婚を望んでいたんじゃないのか? 父親に罰を与えられて良かったじゃないか』

 由依は顔を覆ったまま、ふるふると首を横に振る。

『違う……そんなじゃない。私はただ、お母さんを守りたかっただけなの』

 ジュースのボトルが彼女の膝から落ちて、壱成の足元まで転がってきた。それを拾い上げ、壱成は由依の隣に座る。手のひらのボトルはひんやりとしていて、壱成の体温を奪っていった。

『お母さん、本当に頑張ってるの。毎日仕事してて、家事もしてくれて。それなのに、浮気なんてされるの、おかしいから……。お母さんに言えば、家族会議とかして、お父さんが戻ってきてくれると思った。そうすれば、頑張ってるお母さんも報われるって……そんなわけないのに、私、本当に馬鹿だった……っ』

 セーラー服に包まれた、由依の華奢な肩が震えている。乱れた髪が帳のように横顔を隠す。けれど艶やかな黒髪から垣間見える顔の輪郭の丸さに、壱成は胸を衝かれた。

 大団円を無邪気に信じられるその素朴さを、憐れとも愛おしいとも思う。
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