エリート弁護士は生真面目秘書を溺愛して離さない
『本日は協議離婚のご用件ですよね。資料によれば、お子さんがいらっしゃるとか。離婚した後、お子さんを一番に守れるのはあなたです。そんなあなたのお力になれるように、私どもも精一杯尽力させていただきますね。——どうか後悔なさいませんように』

 真摯な由依の声音に、浮かれた依頼人もすっと頭が冷えたようだった。恥じるように目を伏せ、スマホを取り出して待受画面を覗く。小さな男の子が満面の笑みで写っている写真だった。

『ええ、そうね。この子のためにも、私が頑張らないと。旦那の浮気が発覚してから、私たち喧嘩ばかりで、そんなところを見せて育てたくないから、もう別れようと。でも……いいのかしら』

 訥々と話す声音に苦さが混じる。

『喧嘩ばかりでも、二親揃っていた方がいいんじゃないのかと思うの。私は間違っているんじゃないかって……』

 由依が励ますように依頼人の手を握る。柔らかに微笑して、首を横に振った。

『その気持ちがあれば十分ですよ。お子さんを守りたいという思いは、決して間違いではありませんから。どうかご自分を責めないでください』

 壱成がひそかに息を呑んだのに、二人とも気づく気配はなかった。ただ目を見交わし、何かが通じたように頷き合っている。

 その後打ち合わせはスムーズに進み、依頼人は清々しい顔で帰っていった。
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