エリート弁護士は生真面目秘書を溺愛して離さない
 しかし壱成は気になって仕方がなかった。由依は自分との出会いを覚えているのではないかと。

『ずいぶん良いことを言っていたな、子供を守りたいと思うのは間違いじゃないとか』

 探りを入れてみれば、由依は面映そうに笑った。

『やめてください、あれは受け売りなんです。実は私の両親も離婚していて、この事務所にお世話になったことがあって。そのとき司法修習生の方に慰めていただいたことをそのまま言っただけですよ』
『それは初耳だな。そいつは誰だったんだ?』

 白々しく問うた壱成にもたらされたのは、あっけない答えだった。

『泣いていたから、全然覚えていないんです。私にとっても大切な言葉なのでお礼を言いたいんですが、誰かもわからないままで。鞘白所長に聞いてみても知らないと言われてしまいました』

 それは自分だと明かしてしまいたい欲望に、打ち克てたのは奇跡だった。

 由依にはすでに恋人がいた。仕事帰り、嬉しそうにその男とやり取りする彼女の横顔が、壱成を最後の一線で踏み留まらせた。彼女の手からその幸福を取り上げる権利は壱成にはない。

 それに弁護士と秘書という関係に居心地の良さを感じていたのも事実だ。秘書として成長していく由依を見守るのは楽しかった。

 自分は彼女の恋人にはなれない。だが、良い上司にはなれる。

 ——それでいい。
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