エリート弁護士は生真面目秘書を溺愛して離さない
 ぬるい風が吹いて、休憩所を囲む木々の枝を揺らしていった。そのささやかな葉音さえ頭蓋にうわんと反響するようで耳を塞ぎたくなる。風に散らされたヤマボウシの白い花が、由依の足元にまとわりついた。

 一人になればじわっと目尻に涙が滲む。完全に失敗した。事前に酔い止めを飲んで対策したからいけると見込んでいたのに、自分の酔いやすさを過小評価していた。せっかくの楽しい雰囲気を台無しにしてしまったのだ。

「由依、泣いているのか? 大丈夫か? そこまで気分が悪いか?」

 頭上から案じるような声が降ってきて、由依はハッと顔を上げる。壱成がこちらにボトルを差し出していた。傾きかけた太陽を背負い、その表情は逆光に沈んでいたものの、顔色を探られているのは気配でわかる。

 由依は幾度か瞬いて涙を振り払い、両手を持ち上げてボトルを受け取った。

「大丈夫です。ちょっと酔っただけなので、休めばすぐに治ります」
「由依がそう言うなら信じるが……」

 壱成が買ってきてくれたのはフルーツジュースだった。見覚えのあるパッケージに過去の大切な記憶が蘇り、ほろりと笑みがこぼれる。

 壱成が隣に座って、ボトルを指差した。

「そのジュースは嫌いだったか?」
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