エリート弁護士は生真面目秘書を溺愛して離さない
「いいか、一つ覚えておけ。今までの由依の人付き合いの仕方について、とやかく言うつもりはない。だが、俺にそんな気遣いは不要だ。思ったことをそのまま伝えろ。俺は由依のあらゆることを知りたいんだからな」

 淀みなく語る壱成を見上げ、由依は目を瞬かせる。そんなことを言われたのは初めてでどう応答すればいいのかわからない。

(でもなんだか……壱成さんといると、息がしやすくなる)

 彼は由依に正答を求めてこない。その代わりにただ問いを投げて、由依の心の在処を探そうとしている。

 まるで、由依の存在を丸ごと受け止めてくれるみたいに。

 沈黙を埋めるようにボトルの蓋を開け、そっと口をつける。丁度良い甘さが喉を滑り落ち、疲れた体に染み渡るようだ。

 ——けれど、それなら由依は一つの事実と向き合わなければならなかった。

 ボトルを両手で握りしめ、自らのミュールのつま先に転がる白い花びらに目を落とす。

 壱成から与えられる深い安心感。それは、今まで由依の意思が蔑ろにされていた事実の裏返しだった。

(薄々分かってはいたけれど……私は誰にも顧みられなかった。突きつけられると、堪えるなあ)

 今もどこかで中学生の由依が一人泣いている気がして、冷たい手で撫でられたみたいに背筋が凍えていく。

 くらりと目眩を感じたとき、由依の肩が引き寄せられて、頭が何かにもたれさせられた。
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