エリート弁護士は生真面目秘書を溺愛して離さない
「……こ、こいびと?」

 どうも噛み合わなくて小首を傾げると、口元に手をやった壱成がじろりと由依を見下ろした。

「嬉しそうな由依が可愛すぎる。連れて帰りたい」
「なっ!?」

 突然投げられた口説き文句に、由依の頬に血が集まる。今はそういう話だったのか。しろうさたんの可愛さについて語り合っていたんじゃなかったのか。そう抗議したくても、頭は空回るばかりで意味ある単語は一言も出てこない。

 ぬいぐるみにサッと顔を隠すようにして仰ぎ見れば、壱成も耳の端を赤くしていた。その様にまた由依の顔が熱くなる。いつも余裕綽々な人がどうしてそんな風にしているのか。

「私は……非売品なので……連れ帰るのはちょっと……」

 空転する思考回路からようやく絞り出した応えに、壱成が底意の見えない薄笑みを浮かべた。長身を屈め、由依の耳に吐息混じりに吹き込む。

「由依はもう俺のものだから、誰の手にも渡らせないって意味か?」

 隠しきれない吐息の熱っぽさに、由依の体がかあっと火照る。

「ば、ばかじゃないですかっ! 私、買ってきますからっ」

 捕食の牙から逃げるように、由依はレジへと足を向けた。
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