エリート弁護士は生真面目秘書を溺愛して離さない
「ふざけるのも大概にしろ。お前のようなクズに由依はふさわしくない。それに彼女はすでに俺の恋人だ。絶対に別れないし、他の男には渡さない。いいか? これ以上由依に手出しをするようなら法的措置を取るからな」

 壱成のおどろおどろしい声音に、脅しではないと悟ったのだろう。稔は『なんだよっ』と捨て台詞を吐いて電話を切った。

 しん、とその場に静寂が訪れる。頬を撫でる夜風が梔子の甘い香りを運んできて、先ほどまでの喧騒を吹き散らしていくようだった。

「あ、あの」
「行くぞ」

 声をかけた由依を遮り、壱成が由依の手を握って歩き出す。すぐに駐車場に着いて、由依は助手席に放り込まれた。

「私の事情に巻き込んでしまってすみません……。お怒りですよね」

 運転席に座った壱成が、しゅんとする由依の謝罪を手で制す。

「そんなわけないだろ。由依は被害者だ。あの男は腹立たしいが、由依には一切怒りを覚えない。もう連絡は来ないと思うが、一応今晩は電源を切っておけ」
「は、はい」

 もたもたとスマホの電源を落とすのを、壱成が見守っていた。この緊迫した雰囲気は何だろうと肩を窄めていると、掠れた声が耳を打つ。

「……聞き間違いでなければ、由依の好きな人とは俺のことか」

 ひゅっと息を呑む。指が空を引っかいて、スマホがバッグの底に転がっていった。どうやら稔に叫んだのを聞かれていたらしい。
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