エリート弁護士は生真面目秘書を溺愛して離さない
 その心底から案ずるような声音に、由依の肩から力が抜ける。仕事においては厳しいが、時折見せるこういう一面が好きだった。

(……微妙に、保護者っぽいかも?)

 中学生のときに離婚して出て行った自身の父親を重ねようとして思いとどまる。離婚理由は父親の浮気だったし、何より由依より六つばかり歳上の上司に対して失礼すぎる感想だ。良くて兄だろう。

 由依は微笑んで礼を言った。

「はい、どうもありがとうございます」

 たぶん今日は、最高の一日になるだろう。
 
■ 

 ——なるはず、だったのだ。

「ごめん、由依。別れてくれ」

 待ち合わせ場所に現れた恋人の山内稔は、開口一番そう言った。

 彼の隣に立つのは——妹の、小鳥遊愛衣。

 色素の薄いふわふわの髪に、ガーリーな白ワンピース。小柄な体躯も相まって、小動物めいた愛らしさに満ちている。

 彼女は自分こそが恋人であるかのように、稔にべったりと寄り添っていた。

 待ち合わせに選んだ駅前の時計台の下、空を茜色に染める太陽が二人の足元に黒々とした影を長く伸ばす。彼らの影はまるで一つの生き物のようにぴったりくっついて離れない。

「えっ……どういうこと?」

 稔と愛衣を見比べ、由依は絶句した。みるみるうちに顔から血の気が引き、足元がふらつきそうになるのを何とか堪える。周りを行き交う人々のざわめきも聞こえない。
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