エリート弁護士は生真面目秘書を溺愛して離さない
「そうだ。由依のご両親の離婚のとき、居合わせた司法修習生は俺なんだよ」

 パズルのピースが嵌まるように、全ての記憶が繋がって由依は息を止めた。「あの人が」と呟く声が無様なほど揺らぐ。

「壱成さんだったんですね……」

 あの救いを灯火としていた胸底から言い表せない想いが衝きあげ、由依の総身が震えた。両手で口元を覆い、深く息を吸い込む。

 両目からぼろぼろ涙が溢れ、しゃくり上げる暇もなかった。それはちっとも止まなくて、幾筋もの流れとなって由依の頬を汚す。

 壱成が親指で由依の目元を拭った。

「あのときの由依の無邪気な願いがあまりに愛おしくて、俺は由依みたいな人の力になりたいと志したんだ。何の目的もなく弁護士になろうとしていた空っぽの俺にとって、得難い出会いだった」

 愛おしげに細められた切れ長の目に、月光が映じて銀波に揺らめく。

「再会して、由依がちっとも変わっていないとわかってからはもうだめだった。どんどん好きになっていって……だが由依には恋人がいると知っていたから、良い上司でいようと気持ちを押し殺していたんだ。まあ、あの夜にとうとう我慢の限界が来たが」

 由依の誕生日のことだろう。あの日よりずっと前から、彼は由依に心を砕いてくれていたのだ。

 温かな涙が次から次へと湧いて止まらない。由依は何度も頷き、わななく喉から必死に声を振り絞った。
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