エリート弁護士は生真面目秘書を溺愛して離さない

6 報い/A面

 こうして由依は壱成ときちんと付き合うことになった。とはいえ公私混同はせず、事務所では弁護士と秘書の関係を折目正しく守っている。

「由依、どうしたんだ?」

 昼休み、執務室で私用のスマホを睨んでいると壱成が声をかけてきた。今から二人でランチへ行こうとするところだった。

「あ、いえ……最近、妹からの連絡がないなと思って」

 稔のことがあったし、何か連絡が来てもおかしくないと身構えていたが何もない。

 壱成はちらっと由依の手元に視線を滑らせ、たった今確認していた黒いファイルをパタンと閉じた。由依の関わらせてもらえない案件のものだった。

「あの男と破局してそれどころではないんだろう。放っておけ」
「ですが……」
「あんな女に時間を割くくらいなら、恋人の俺のことを考えてほしい。同棲しようという話には頷いてくれないのか」

 由依は危うくスマホを落としそうになる。動悸を打つ心臓を宥め、精いっぱい毅然と答えた。

「それはまだ心の準備ができていなくて……それに、職場でも家でも一緒だと飽きませんか?」
「俺が由依に飽きるわけないだろ。それに由依だって物足りなさそうだが? 一緒にいる時間が増えれば、もっと由依を甘やかしてやれるし、可愛がってやれる」

 夜の気配を孕んだ流し目で見つめられ、由依は顔を真っ赤にして後ずさった。

「何言ってるんですかっ。先に行ってますからね!」

 扉を開け放って逃げ出せば、面白がるような笑い声が聞こえる。完全にからかわれたらしい。もうっ、と地団駄を踏みたくなった。

 秘書室から後輩の葵が顔を出して「また痴話喧嘩ですか? いいですねえ」とニヤニヤする。かつてだったらあり得ないことだ。でも葵は「今の先輩の方が親しみやすくてもっと好きになりました」と言ってくれる。不思議なことに、他の同僚とも距離が縮まっていた。

 ——こんなふうに素顔を晒せるようになったのは、壱成が由依を受け止めてくれたからだ。

 由依はちょっとだけ歩調を緩め、大切な人が追いついてくるのを待った。
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