エリート弁護士は生真面目秘書を溺愛して離さない
 母の声だ。母は父と離婚してから、何かにつけて愛衣を優先するようになった。由依の三つ下である愛衣はその意味もわからず、毒にも似た愛をただ享受していた。

 ——うん、お母さん。大丈夫よ。

 そう答える自分の声も聞こえる。

 由依は母に何も言わなかった。いや、言えなかった。

 母が変わってしまったのは、自分の軽はずみな一言のせいと知っていたから。

 父の浮気を母に教えてしまったのは、当時中学生の由依だったのだ。

「愛衣と稔は、いつから……?」

 苦い追憶を振り払い、変なふうにしゃくり上げそうになる喉から必死に声を絞り出す。稔は気に留めた様子もなく、後頭部に手をやって気まずげにうつむいた。

「由依が仕事で忙しくて、あまり会えない時期があっただろ?」

 辛うじて頷く。確かに事務所の繁忙期は毎日深夜近くまで残業があって、とても稔を気にかけられなかった。

「そのときに由依の家に行ったことがあって。結局由依とは会えなかったんだけど、偶然、愛衣ちゃんに会って……。それから愛衣ちゃんは俺を慰めてくれて、いつもそばにいてくれて、その……」

 好きになったということらしい。愛衣が目をうるうるさせて訊ねてきた。

「お姉ちゃん怒ってる? 本当にごめんね、怒らないで?」
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