エリート弁護士は生真面目秘書を溺愛して離さない
 なるべく穏やかに応じれば、愛衣が「関係ないなんて!」と声を張り上げる。

「そんな寂しいこと言わないで。結婚式、来てくれないの?」
「結婚するの? もう?」
「私、妊娠してるの。お腹が目立つ前に式を挙げたいねって。それにジューンブライドだし」

 ぎょっと目を見開く。稔に目線を向ければいよいよ後ろめたそうに顔を背けた。愛衣はその様子に気づいているのかいないのか、ふわふわ笑って稔の腕に抱きついている。

(……せめて、妊娠させた途端に逃げるような男じゃなくてよかったと思うことにしましょう。生まれてくる子に罪はないんだから)

 そうとでも考えないと今ここで叫び出してしまいそうだった。さっきから視界がぐるぐる回って、口が渇いて仕方がない。心臓はずっと嫌な音を立てて軋んでいる。

「結婚式には来てくれるでしょう? 私たち、姉妹だもん」

 目眩は止まない。何を言われているのか理解できない。それでも、姉妹という単語に反射的に頷こうとしたとき——。

「それで、つまらん話は終わったか」

 低い声が響いて、誰かが由依の背中を後ろから支えた。

「え……?」

 背に触れる手は温かく、力強い。それを辿って呆然と見上げれば、ここにいるはずのない人の姿があって由依は限界まで目を見張った。

「さ、鞘白先生……?」
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