この悲しみも。……きっといつかは消える

第54話

 年が明けて、イアンは『エリン・マッカートニー』に予約を入れた。
 

 昨年秋からエリンが紳士服にも進出をしようとしている情報を入手していたからだ。
 春からの本格的な社交シーズンの前に、今期の紳士服を何着か仕立てようと思っている。


 貴族高等学院を中途退学し、今は平民のイアンは貴族達が集う社交界には足を踏み入れたことはない。


 勿論、ギャレット商会も紳士服は取り扱っているが、これから社交界へ人脈を広げようと目論むイアンにとってエリンとの繋がりは、喉から手が出る程欲しいものだった。




 この国では、社交界デビューは女性は15歳だが、男性は学院卒業後の20歳だ。
『学生の身で社交の必要は無し』である。

 故にミルドレッドのデビューに、スチュワートは婚約者でありながらパートナーになれず、その役目は兄のジャーヴィスが務めた。
 その後父親が亡くなり、ミルドレッドはそれから結婚するまで、自分の意思で表舞台には出なかったと聞く。
 

……結婚前に美しく装った彼女をエスコート出来なくて、どれ程彼は悔しかっただろう。
 エリンの登場を待ちながら、イアンは当時のスチュワートに思いを馳せた。


 自分の好物も作れるようになりますと言ってくれたミルドレッドだが、未だに自分の欲よりも、彼女の気持ちを優先させたスチュワートには太刀打ち出来ない気がしている。



     ◇◇◇



「ずいぶんとご自分に、自信がないのですね」

 
< 208 / 229 >

この作品をシェア

pagetop