この悲しみも。……きっといつかは消える
 ジャーヴィスはそれが言いたくて、らしくないことをしてしまった。
 これがイアンの後押しになると思い込んでいた訳じゃない。
 却ってミルドレッドに避けられるようになり、ふたりの仲はここで終わってしまうかもしれない。
 それでも。



「承知致しました。
 わたしも真剣に、考えます」


 妹がそう言葉を返したので。
 結果がどうなろうと、二度と自分はこの件には口出しをしないと決めた。



     ◇◇◇



 イアンとの将来を真剣に考え始めたミルドレッドは、思い出す。
 夏に会いに来てくれた時、イアンが紐で綴じた文書を手渡してくれた。



「貴女が仰った家庭教師とは、少し違うかもしれませんが。
 これなら実現可能な気がします。
 お母様や先輩のお許しが無いと、無理な話なんですが……」


 イアンが起案したのは、ウィンガムのマーチ本邸を使った『ひと夏の貴族令嬢のマナー体験教室』だ。
 それは、7月と8月の2回だけ。
 夏のバカンス前半と後半に分けて、それぞれ4名から6名のご令嬢を集めて、1週間の宿泊で募集する。
 月曜から金曜日までの午前と午後で、計10レッスン。
 外国語、刺繍、ダンス、ピアノ、詩作を各2回。


 それら5つの科目のミルドレッドの修得レベルは、テストをして確認したところ、イアンの想像を越えていたが、何しろ彼女はまだ20代の前半だ。
 彼女の身分と若さと美しさが、教師としての信頼度を損ねてしまう気がするイアンは、反対にそれを強味に出来る方法を考えた。

< 216 / 229 >

この作品をシェア

pagetop