この悲しみも。……きっといつかは消える
 ミルドレッドの同意を得ると、直ぐに実家に連絡を取って、長距離用の貸馬車を用意して貰った。
 馭者は真面目な男にして、と言葉を添えた。


 ミルドレッドの美しさに不埒なことを考えるような馭者は駄目だ。
 それは彼女に言ったのは嘘ではないからだ。

 もしミルドレッドに何かあれば、レナードを始め叔父のアダムス子爵も、彼女の実兄のウィンガム伯爵も犯人とサリーを許さないだろう。
 馬車を用意してくれた実家だって無事では済まない。
 そこでもサリーの判断は間違っていなかった。



「わかった、本当のこと言うわ。
 わたしはミルドレッド様に馬車を用意しろと脅されたの」

「ミリーに脅された?」

「貴族のあの方に脅されて、平民のわたしが断れると思うの?
 レン、信じてよ、ねぇ」



 レナードが本当に自分を信じてくれたとは思えなかったが、それ以上は追及されずに済んだ。
 それでこの件は見過ごして貰えたと思っていたのに。
 その日からレナードは、サリーに触れなくなった。



 サリーの判断は間違っていなかったのだろう。
 彼女はアダムス邸からは追い出されなかった。
 間違っていたのは、黙っていられなくて、ミルドレッドに向けてしまった言葉だ。


『疫病神』『後からの女』



 それに気付いたのは、ミルドレッドが疫病神だったのではなく。

 アダムス家にとっての疫病神は、彼女の兄のジャーヴィス・マーチだったのだと思い知らされた時だった。


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