この悲しみも。……きっといつかは消える
 密室では夫以外の男性とはふたりきりにはならないよう、気を付けていたミルドレッドだったが、失念していたことがあった。
 それは、その時彼女は髪を緩くハーフアップにしていて、結い上げていなかったということ。


 人妻は髪を下ろした姿を他人には見せないが、この頃の常識だった。
 それ故、アダムス家ではレナードにも、カールトンにも、使用人達に対しても。
 そのようにきちんとした姿で接していたのに。
 実家に戻って兄と行動を共にするようになって、気を抜いてしまっていたミルドレッドだった。


 対応していたタッカーはまだ独身だったので、それに気付かず。
 後からお茶を出したルーシーは、イアン・ギャレットと対峙しているミルドレッドの姿に肝を冷やした。
 あれほど、伯爵様がご心配されていたのに!と。



「申し訳ございません。
 兄は午後から母校の方へ参っておりまして」

「こちらこそ、急に来てしまったのですから、申し訳ありません。
 伯爵様が母校に行かれたということは、恩師のフィリックス先生とお約束があったのでしょう」
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