この悲しみも。……きっといつかは消える

第26話

 一度帰ったイアン・ギャレットが再び、マーチ家の王都邸を訪れたのは、その日の20時前だった。

 昼間と違って、準正装に着替えたイアンは深紅の薔薇の花束を抱えて、エントランスホールで彼を出迎えたミルドレッドにそれを手渡した。
 その隣ではジャーヴィスが冷やかな目で、ふたりのやり取りを眺めていた。



「やはり、この色は貴女にお似合いです。
 あぁ、伯爵様もご無沙汰しております。
 相変わらず見目麗しく……」

「……ギャレット君も元気そうで、何より」

「とても綺麗な色の薔薇ですね。
 どうもありがとうございます、ギャレット様」



 今夜のミルドレッドの装いは、地味目なドレスと言うジャーヴィスの注文に合わせて、首元が詰まった濃い緑色のドレスで、アクセサリーも長めの真珠のネックレスのみだ。

 
 心の中で、ジャーヴィスはイアンに悪態をついた。
 俺への挨拶は後回しか?
 見目麗しく等ふざけているとしか。
 確かに深紅の薔薇は、そのドレスに映えているが。
 ミリーが好きなのは、華やかな薔薇ではなく、野に咲くデイジーや、ウィンガムの川辺で揺れる柳なんだ。

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