インハウスローヤーは私を妻にして専務になりたいだけ ~なのに待っていたのは溺愛でした~
「忘れらんねーよな。あんな事があったし」
「いいだろう、昔の話は」

義貴さんはため息をこぼしながら、楽しそうにスマホを操作する飯野さんを止めようとする。けれど。

「何があったんですか?」

私は知りたかった。彼の、過去を。全てを、知りたいと思っている。

「大学入ったばっかの頃さ、世界を見てみたいなって意気投合して、貧乏世界旅行したことあって」

飯野さんは一度こちらにニーっと笑ってみせた。それからまた手元のスマホを操作しながら、言う。

「イギリス行った時は焦ったよな。大事故が目の前で起こって。女の子がトレーラーの下敷きになりそうなの、義貴が走って助けに行って」
「え……?」

義貴さんは「もういいだろう」、と頬を赤らめる。それでも、飯野さんは、彼の武勇伝を誇らしげに私に話し続ける。

けれど、私の耳に彼の話は入ってこなかった。

「ほら、これ、その時の写真。髪、長いのが義貴。意外でしょ?」

差し出されたスマホの画面に、私の頭は真っ白になった。

エリザベスタワーを背景に、茶色い短髪のニーっ笑う飯野さん。その隣で、長い髪をポニーテールに束ね、優しく微笑む男性。その顔は、眼鏡こそないが、義貴さんに相違ない。

そんな。

――義貴さんが、あの日の悪魔だったなんて。
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